公開日 2025年07月01日
三鷹まちづくり通信2025年度1号(2025年7月1日発行)
三鷹駅南口から続く中央通りにオープンした、お菓子屋さん「菓葉絆(かはな)」
こだわりが詰まったアンティーク調のおしゃれな店構え、その店頭には焼きたての様々な洋菓子がショーケースに並んでいます。
子育てをしながら三鷹で起業したオーナー・根本理絵さんに、起業するまでの経緯やお菓子に込めた想いを伺いました。
パティシエという働き方と独立への決意
お菓子づくりを好きになったのは、お母様の趣味の影響という根本さん。製菓の学校へ進み、大阪のお菓子屋さんに勤めます。さらにお菓子の勉強をするため上京。26歳でレストランに就職し、腕を磨きました。
パティシエは華やかなイメージがあり、子どもたちからも人気の職業ですが、実際は重い材料を運んだり、長時間立ちっぱなしだったりの重労働で、長く働き続けることが難しいのが現状です。繁忙期には長時間勤務になり、子育てとの両立の難しさも痛感しました。
それでもレストランでの仕事は刺激的で楽しく、そこで働き続ける選択肢もありました。しかし、心の奥には「いつか自分のお店を持ちたい」という思いもありました。
35歳を迎えた頃、根本さんの胸に「開業するなら、今始めなければ体力的に厳しくなるかもしれない」と不安がよぎります。人を雇って経営だけに専念するのではなく、10年間は現場でお菓子づくりに携わりたい。それが可能なのは今しかないと開業を決意しました。
決断の連続だった開業へ道のり
結婚して子育てをする場所に三鷹を選んだのは偶然でしたが、住んでみると公園が多く、自然豊かで環境が良いことに気づきます。今では、三鷹を心から気に入っているそうです。
そして、子育てとの両立を実現するために、根本さんはお店を開く場所も三鷹にしようと考えました。
開業準備はスムーズには進みませんでした。理由の一つは、立地条件です。駅から離れた場所には手頃な物件が見つかるものの、近所の方以外にも足を運んでもらえるか不安が残ります。かといって駅に近いエリアを探すと、家賃が高く、店舗も狭くなってしまう。このジレンマに根本さんは頭を悩ませました。
ようやくバランスがとれた物件を見つけた時にぶつかった壁は電気設備でした。業務用のオーブンやミキサー、生地を伸ばす機械などを動かすには、200Vの高電圧に対応した動力設備が建物に必要ですが、その物件にはそれが無く、大規模な工事が必要であることが判明します。初期費用がさらに大きくなることに迷いが生じながらも、初めてその物件を見た時に感じた直感を信じ、契約を決断しました。
その後、約1年の準備期間を経て、店舗の準備が整いました。開業が大変なことは覚悟していましたが、想像以上で、精神的な負担も大きかったと根本さんは言います。
しかしこの時に導入した業務用の設備によりお菓子の生産能力は十分なものとなり、今では店舗での販売のほか、百貨店の催事への出店も積極的に行っています。
また、開業にあたり、地域のビジネス支援を積極的に活用しました。まちづくり三鷹の「特定創業セミナー みたか起業塾」を受講し、三鷹市の特定創業支援等事業の証明書を取得することで様々な優遇措置を受けることができました。さらに、三鷹商工会には、融資を受ける際の事業計画書作成や補助金の申請を相談し、獲得に至るまでのサポートを得ることができました。
そして、開業準備を進める中で、新たな出会いが根本さんを後押しします。催事にお客様として来ていた市内の事業者の方からの勧めで、お店がある地域の商店会、三鷹南銀座会に加入したのです。商店会に加入したことにより、商店街のにぎわい創出と活性化を図るために三鷹市が新規出店の事業者向けに実施している「三鷹市新規出店者支援金」という制度の対象となったため、支援金を受け取ることもできました。「開業して間もないこともあり、まだ十分な協力はできていませんが、今後、商店会を一緒に盛り上げていきたいです」と、地域への貢献にも意欲を見せています。
人気商品の「朝焼きフィナンシェ」
店名「ka ha na -菓葉絆-」に込めた想い
「ka ha na -菓葉絆-」という店名について、「自然の力強さや、自分たちとのつながりをお菓子で表現したい」という想いが込められていると、根本さんは語ります。お菓子の材料となるものは、季節の果物のほか小麦や砂糖もすべて自然の恵みです。
お菓子づくりでは、材料を無駄にせず、すべて使い切ること、そして循環させることを意識しています。例えばレモンなど果実の皮もジャムにして材料として活かしたりと、できることから少しずつ、地道に実践しています。「一緒に働く若いパティシエにも、食材には様々な使い方があることや、自然の恵みを大切にすることを伝えていきたい」と次世代への想いを話してくれました。
ショーケースには定番商品の焼き菓子の他、季節により様々な自然の恵みを使用したお菓子が並ぶ
地域とのつながりが生む、三鷹ならではのお菓子づくり
根本さんが勤めていた調布のレストランでは、地域の食材を積極的にメニューに取り入れており、その縁で、三鷹の農家さんとのつながりもできました。特にお世話になっているのは、富福園の富澤さんです。富澤さんは根本さんのお菓子のファンでもあり、先日もイチジクの葉を提供してくれました。この葉は牛乳に漬け込んで香りづけをしたり、乾燥させて粉末にし、クッキーの材料に使用したりするそうです。イチジクの葉は、採りすぎると実の成長に影響しますが、ある程度は剪定して捨てられるため、それらを活用することは農家さんにとっても有益なのだとか。
他にも、主に観賞用とされているフェイジョアという植物の果実など、農家さんとのつながりがあるからこそ手に入れられる、市場には出回らないけれど、美味しい食材の活用に取り組んでいます。
地域に愛されるお店の次なる挑戦
今のお店の営業日は木・金・土曜日の週3日間です。週の前半はお菓子の仕込みに費やしています。土曜日には遠方から足を運んでくれる方も多くいらっしゃいますが、訪れるお客様の半数以上は地域の方であると感じているとのこと。その理由は、プリンの空き瓶をお店に返却すると30円返金される仕組みで、空き瓶の回収率が高いからだそうです。根本さんは、地域のお客様に支えられていることを実感し、心から感謝していますと語ってくれました。
次なる目標は、まずは水曜日も営業すること。幸いなことに、根本さんのもとで働きたいというパティシエや販売スタッフが多く集まり、残業もほとんどない働きやすい環境が整ってきました。こうした、根本さんが思い描いていた働き方が徐々に形になりつつあることが、営業拡大を考えていく上での後押しとなっています。「将来的には経営者として、長く働き続けたいと思う女性の気持ちに応えられるようになりたい」と根本さんは語ってくれました。
もう一つの大きな目標は、カフェのような別業態の店を出すことです。この背景には、食材を無駄なく使い切りたいという思いもあります。例えば、お菓子づくりの過程で余ったフルーツの皮をアイスクリームに使ったり、シロップに漬けてドリンクにしたりと、食材を余すことなく活用する仕組みを考えています。「仕事の幅が広がれば、スタッフもより楽しく仕事ができるはず」と根本さん。実現していけば、三鷹のまちはますます賑やかになることでしょう。
編集後記
取材の準備をしていたら、我慢できなくなりお菓子を買いに行ってしまいました。一口食べると、心がほっこりして、優しい気持ちに包まれました。どうしてこんな気持ちになるんだろうと不思議でしたが、きっとそれは、根本さんの大切にしている「自然の恵み」を分けてもらったからだと思います。

愛するまち三鷹に目を向け、地域資源を活かして始めた新しい事業や、同じ目的・関心から生まれた集まりなど、さまざまな形で地域の活動に取り組む人を紹介します。
ライター:細川優子